「AIで書いた記事に『AI生成』と書かないと違法になるらしい」——2026年8月2日に EU AI Act の残りの規定が一般適用になってから、この話が急に増えました。罰金は最大 1,500万ユーロまたは全世界売上の3% と聞けば、たしかに落ち着かない。

結論から書きます。多くの個人発信者・企業ブログには、表示義務は発生しません。条文には 「人が実質的にレビューし、責任を持つ publication には適用しない」という免除が明記されているからです(第50条4項)。一方で、免除の条件は「ざっと目を通した」では足りないとも書かれています。

この記事は、あなたが何をすれば済むのかを立場別に整理します。数値と条文の解釈は、EU AI Act の条文と欧州委員会 AI Office の実務ガイドで確認できたものだけを載せています。

AI生成物の表示義務

EU AI Act 第50条 / 次の期日は2026年12月2日

個人・企業ブログ
多くは不要
人が実質的にレビューして責任を持つなら免除
ディープフェイク
開示が必要
芸術・風刺は「鑑賞を妨げない範囲」で足りる
機械可読マーキング
提供者の義務
OpenAI や Google 側の仕事。利用者ではない
罰則
€15M / 3%
透明性義務の違反。高い方が適用される

出典: EU AI Act 第50条

1. まず立場を確かめる——「提供者」と「利用者」で義務が違う

この条文でいちばん誤解されているのがここです。第50条は、同じ「AI生成物」に対して、提供者(provider)と利用者(deployer)にまったく別の義務を課しています。

提供者(provider)

AIシステムを開発して世に出す側。OpenAI、Google、Anthropic、そして生成AIを組み込んだサービスを自社で作って提供している会社。
義務=出力に機械可読のマークを付けること、チャットボットならAIだと分かるようにすること。

利用者(deployer)

そのAIを業務で使う側。ChatGPT で記事を書くブロガー、Midjourney で画像を作るデザイナー、社内でAIを使う企業。
義務=ディープフェイクと、一定の条件を満たすAI生成テキストを開示すること

つまり、「AI生成物に電子透かしを入れなければ」と個人が悩む必要は基本的にありません。機械可読マーキングは提供者の義務で、あなたがやることではない。あなたに関係するのは「開示(disclosure)」のほうです。

個人ブロガーが ChatGPT で記事を書いて公開する場合、立場は利用者になります。以下はその前提で読んでください。

2. AIで書いた文章にラベルは要るのか

第50条4項の後半が、テキストについての規定です。開示が要求されるのは、次の2つを両方満たすときだけです。

① AIが生成または加工したテキストであること

公共の関心事について公衆に情報を伝える目的で公開されること

ここで効くのが②の「目的」です。実務ガイドは、判断の基準は話題そのものではなく「公開する側の目的」だと説明しています。同じ気候変動の話でも、公衆に事実を伝えるために出す記事と、自社製品の紹介文では扱いが変わりうるということです。

そして、②に当てはまったとしても——ここからが本題です。

3. 人がレビューすれば免除される——ただし「実質的」であること

条文には明確な免除規定があります。開示義務は、そのコンテンツが人によるレビューまたは編集上のコントロールを経ており、かつ自然人または法人が publication について編集責任を負っている場合には適用されません

これが、多くの発信者にとっての答えです。AIに下書きを書かせても、あなたが読んで直し、内容に責任を持って出しているなら、条文上の開示義務は発生しません。編集部を持つメディアも同じ構造です。

ただし条件があります。実務ガイドは、そのレビューは 「実質的(substantive)でなければならず、表面的な事柄や形だけの承認に留まってはならない」と明記しています。

免除に該当しそうな例

AIの下書きを読んで事実を検証し、誤りを直し、構成を組み替えて公開する。誰が責任者かが明確になっている。

免除に該当しにくい例

生成された文章を読まずに自動投稿する。誤字だけ直して出す。責任者が誰なのか外から分からない。

ここは「ラベルを貼るか」ではなく「どう作るか」の話になっています。実質的なレビューを回す体制があれば免除され、無ければ免除されない。表示の問題に見えて、実は編集プロセスの問題だというのが、この条文のいちばん実務的な含意だと思います。

4. ディープフェイクと、芸術・風刺の例外

テキストとは別に、ディープフェイクには独立した開示義務があります。条文はディープフェイクを「本物または真実であるかのように誤って見えるコンテンツ」として扱い、それを生成・加工して公開する利用者に開示を求めます。画像生成動画生成で実在の人物や出来事を作る場合が、まさにこれに当たります。

ただし例外があります。明らかに芸術的・創作的・風刺的・虚構的なものについては、義務が軽減されます。求められるのは全面的な開示ではなく、「作品の表示や鑑賞を妨げない適切な方法で、生成・加工されたコンテンツが存在することを知らせる」ことです。

映画の冒頭に大きく「この作品にはAI生成映像が含まれます」と被せる必要はない、ということです。クレジットや作品情報に書けば足りるという趣旨で、創作を萎縮させない設計になっています。
逆に言えば、「芸術だから何も要らない」ではありません。軽減されるのは開示の方法であって、有無ではない。

5. チャットボットを置いているなら

サイトにAIチャットボットを設置している場合は、第50条1項が効きます。人が直接やり取りするAIシステムは、AIと会話していることを相手に知らせなければならない——これは提供者の義務です。

ただし「合理的に事情を知る人から見て明らかな場合」は不要と条文が定めています。「AIアシスタント」と名前が付いていて、見るからにチャットボットのUIなら、それ自体が告知として機能するという考え方です。わざわざ毎回「私はAIです」と言わせる必要はありません。

自社サービスに生成AIを組み込んで提供しているなら、あなたは提供者の側に立ちます。社内ガイドラインを作るときは、自社が提供者と利用者のどちらなのかを最初に整理しておくと、義務の切り分けが楽になります。

6. 機械可読マーキングは誰の仕事か——C2PA と期日

第50条2項が、いま技術的にいちばん動いている部分です。合成音声・画像・動画・テキストを生成するシステムの提供者は、出力を「機械可読な形式で、人工的に生成または加工されたものとして検出可能」にマークしなければなりません。

条文は具体的な技術を指定していませんが、「技術的に実行可能な範囲で、効果的・相互運用可能・堅牢・信頼できる」ものを求めています。そのうえで、欧州委員会 AI Office が2026年6月10日に公開した「AI生成コンテンツの透明性に関する行動規範」が、実装の目安を示しました。

① 来歴メタデータ

暗号署名とタイムスタンプ付きで、ファイルに直接埋め込む。行動規範が例として名前を挙げているのが C2PA Content Credentials

② 知覚できない透かし

見た目に影響しない形で信号を埋め込む。メタデータが剥がれても残る層として機能する。

③ フィンガープリント(任意)

レジストリと照合する方式。行動規範では必須ではなく選択肢として置かれている。

要点は「1つでは足りない」ということです。行動規範はどれか単独の手法では十分でないとし、層を重ねる方式を求めています。メタデータはスクリーンショットや再エンコードで簡単に消えるので、透かしと組み合わせる——という発想です。

期日は2つあります。2026年8月2日より前から市場にあった生成AIシステムは、2026年12月2日までに機械可読マーキングの要件を満たすこと。そして透かしの検出について相互運用の仕組みを2027年2月2日までに用意することです。

7. 期日の整理——次に来るのは2026年12月2日

期日何が起きるか誰の話か
2026年8月2日残りの規定が一般適用。第50条の透明性義務と汎用AI規則の執行が開始全員
2026年12月2日それ以前から市場にあったシステムの機械可読マーキングの経過措置が終了提供者
2027年2月2日透かし検出の相互運用の仕組みを用意する期限提供者
2027年12月2日Annex III の高リスク義務(採用・与信・教育・法執行など)該当業務のある事業者
2028年8月2日Annex I の組込型高リスク義務(医療機器・機械・車両など)該当製品のメーカー

⚠️ 「2026年8月2日に高リスク規制が全面発効した」と書いている解説は古い情報です。高リスクの義務は Digital Omnibus による改正で 2027年12月2日(Annex III)と2028年8月2日(Annex I)へ後ろ倒しされました。当初は2026年8月2日と2027年8月2日でした。

8. 立場別チェックリスト

個人ブロガー・ライター

AIの下書きを読んで直して責任を持って出しているなら、テキストの開示義務は発生しない。実在の人物や出来事を本物らしく作った画像・動画を出すときだけ、開示が要る。

メディア・企業の広報

誰が編集責任を負うかを明示し、レビューが形だけにならない運用を作る。免除の根拠がそこにあるので、体制のほうを整えるのが本筋。

生成AIを組み込むサービス

あなたは提供者。機械可読マーキング(C2PA など)とチャットボットの告知が義務になる。2026年12月2日と2027年2月2日が期日。

クリエイター(映像・音楽)

芸術・風刺・虚構は軽減されるが免除ではない。クレジットや作品情報に書けば足りる方式で、鑑賞を妨げない形を選ぶ。

最後に、この記事の範囲について。ここで書いたのは EU AI Act の条文と欧州委員会の行動規範から読み取れる内容で、個別の事案についての法的助言ではありません。とくに「公共の関心事」の線引きと「実質的なレビュー」の程度は、最終的には運用と判例で固まっていく部分です。採用・与信・医療のような高リスク業務が絡むなら、法務に通してください

FAQ

Q1. ChatGPTで書いたブログ記事に「AI生成」と書かないと違法ですか?

多くの場合は不要です。第50条4項の開示義務は「公共の関心事について公衆に情報を伝える目的」で公開されるAI生成テキストに向けたもので、さらに人によるレビューまたは編集上のコントロールを経て、誰かが編集責任を負っている場合は適用されません。AIの下書きを読んで検証し、直して公開しているなら、この免除に該当します。ただしレビューは実質的である必要があり、誤字修正や形だけの承認では足りないと実務ガイドが明記しています。

Q2. 日本にいても関係ありますか?

EU域内でサービスを提供する場合や、EU市民に向けて公開している場合は対象になりえます。日本国内だけで完結する発信であれば直接の適用対象ではありませんが、AI生成物の表示という考え方自体は各国で広がっているため、体制として整えておく価値はあります。

Q3. AI生成画像に電子透かしを自分で入れる必要がありますか?

個人利用者には基本的に不要です。機械可読マーキングは第50条2項が提供者に課した義務で、OpenAI や Google など生成AIを提供する側の仕事です。ただし、実在の人物や出来事を本物らしく見せる画像・動画(ディープフェイク)を公開する場合は、利用者としての開示義務が別途あります。

Q4. 罰金はいくらですか?

透明性義務の違反は最大1,500万ユーロまたは全世界年間売上の3%のいずれか高い方です。禁止行為に対する最大3,500万ユーロまたは7%という数字と混同されがちですが、こちらは社会スコアリングなど別の段階に対するものです。

Q5. C2PA を導入すれば義務を満たせますか?

C2PA Content Credentials は欧州委員会の行動規範が例として名前を挙げている仕組みですが、行動規範はどれか単独の手法では十分でないとし、来歴メタデータと知覚できない透かしを組み合わせる層状の方式を求めています。メタデータはスクリーンショットや再エンコードで失われるため、単独では堅牢性の要件を満たしにくいという理由です。

Q6. 映画やゲームでAI生成映像を使う場合はどうなりますか?

明らかに芸術的・創作的・風刺的・虚構的な作品については義務が軽減されます。求められるのは全面的な開示ではなく、作品の表示や鑑賞を妨げない適切な方法で、生成・加工されたコンテンツが存在することを知らせることです。クレジットや作品情報への記載がこれに当たります。免除ではなく、方法が緩和されている点に注意してください。

Q7. いつまでに何をすればいいですか?

利用者としての開示義務は2026年8月2日からすでに適用されています。提供者側の機械可読マーキングは、2026年8月2日より前から市場にあったシステムについて2026年12月2日が期限、透かし検出の相互運用は2027年2月2日が期限です。高リスクシステムの義務は2027年12月2日(Annex III)と2028年8月2日(Annex I)で、当初の予定から後ろ倒しされました。

出典